食と指先



昔好きだった人を思い出したと、私の指先を見ていった。






記憶の中の女性は、とても若くて綺麗なのだろう。いつまでも、色あせず、彼女は年をとることはない。


もし、タイムスリップが出来たとして、彼女と私の手を比べてみたとしたら、本当はきっと大して似ていないのだと思う。

でも、その真実はたいして関係ない。


若い私の指先と、距離が、当時の文脈への記憶に踏み込む足がかりとなる。






少し昔の自分へ戻ること、それは決してかなわぬ、だから、人はいつまでも手放せずに、欲しがる。



若さとは甘い思い出だけではない、もう二度と手に入らない過去への幻想、残った酸いへの執着。


昔の記憶は、なによりも色を持った官能へと、やがて変わっていく。





肉体的な直接の官能よりも、記憶を絡めた疑似的な官能の刺激は、もっとも高尚さを押し付けてくるような、そんな粘着性がある。






男と女の食事というのは、どうしてこうも、色艶のある記憶やそれに関する感覚器官を刺激するのか。






食と指先。

繊細でいて、官能に大胆。


記憶はきっと、嘘をつく。